いびき・SAS

マウスピース治療

はじめに:いびきの「マウスピース」もいろいろ護ってくれる。

2022年6月7日にノニト・ドネア選手を破り、リングマガジンの『パウンド・フォー・パウンドランキング』で井上尚弥翔選手が1位に選出されたのは皆さんの記憶にも新しいのではないでしょうか。

彼らの前歯を守ってくれている「白いやつ」なんだかご存じでしょうか?マウスピースといいます。ほかにもアメリカンフットボールなど様々なスポーツで使用されています。

マウスピースは英語でOA(Oral Appliance)と呼ばれます。コンタクトスポーツ・歯列矯正・歯ぎしりなど『歯を守る』用途で使用されることが多いです。

実はいびき・無呼吸の治療にもマウスピース使用されます。その目的は歯を守るためではなく、下顎を前方に牽引するためです。

日本では総じて“マウスピース”と表現しますが、いびき予防のマウスピースを英語でMAD(mandibular advancement devices:下顎前方誘導装置)なんて呼んだりします。下顎を前に出すと舌を置いておくスペースができて呼吸が楽になります

重症のOSA(閉塞性睡眠時無呼吸症候群)の治療法の第一選択は「CPAP(持続陽圧呼吸療法)」です。その次に選択されるのがマウスピースです。マウスピースの形成や処方は歯科で行います。そのため歯科への紹介状などを作成し患者さんにもクリニックを移動してもらってマウスピースを作成します。

マウスピースは保険診療での処方が一部対応になっています。これはCPAP同様にたくさんの有効性が立証されているためです。今回はマウスピースの有効性についてお話していきたいと思います。

「呼吸器はツライ…・」と友人から聞いて受診をためらっているあなた。マウスピースが候補になるかもしれません。最後まで見ていってください。

マウスピースでQOLがあがる

無呼吸によって眠りの質は下がり、太りやすい体質になっている方はたくさんいらっしゃいます。精神・活力・身体機能・社会生活機能などを質問形式で多面的評価する検査(SF-36)を行った23編の文献を解析した研究があります。

何もしなかった群に比べ、マウスピースを装着することで精神面・身体面どちらのスコアも改善を認めました。さらにCPAPをしている群とも比較をしましたが大きな違いはないことが分かりました。

OA(マウスピース)療法によってOSA患者のQOLは一定の側面において改善することが期待できる。(エビデンスレベル:B)

参考:睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020 CQ23-1

マウスピース治療で睡眠の質だけでなく、身体・精神面のQOLにも効果があることは興味深いですよね。

Kuhn E, Schwarz EI, Bratton DJ, Rossi VA, Kohler M. Effects of CPAP and Mandibular Advancement Devices on Health-Related Quality of Life in OSA: A Systematic Review and Meta-analysis. Chest. 2017 Apr;151(4):786-794. doi: 10.1016/j.chest.2017.01.020. Epub 2017 Jan 24. PMID: 28130044.

マウスピースで血圧が下がる

OSAの合併症の一つである高血圧に関しても、マウスピースによって血圧を下げる効果があります。

OA(マウスピース)療法によってOSA患者の一部の心血管疾患危険因子を改善する。(エビデンスレベル:C)

参考:睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診療ガイドライン2020 CQ23-2

治療法(CPAP・マウスピース・無治療)の違いによって血圧の変化を比較した文献51編を解析したところ、「無治療」に比べるとマウスピース使用群は血圧が低下しており、その下げ幅はCPAP群と大きな違いがないことがわかりました。

Bratton DJ, Gaisl T, Wons AM, Kohler M. CPAP vs Mandibular Advancement Devices and Blood Pressure in Patients With Obstructive Sleep Apnea: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA. 2015 Dec 1;314(21):2280-93. doi: 10.1001/jama.2015.16303. PMID: 26624827.

マウスピースは一部の心血管リスクを改善する

マウスピースの心血管死の予防効果について、2013年にニューヨークで行われた、「重症のOSA患者560人以上」と「OSAではない260名以上」を比較した調査があります。

  1. 対象になった、重症のOSA患者はCPAP使用します
  2. ❶が継続困難になってしまった人にはマウスピースを使用します
  3. それでも継続できず、何もしなかった人

上記の人たちを約8年間(中央値79か月)追跡して分かった興味深い点は、心臓由来の死亡(心筋梗塞など)がCPAPだけでなく、マウスピースでも予防されたという点です。無呼吸指数(AHI)の減少幅に違いがありましたが、心臓由来の死亡率はマウスピースでもCPAP同等に予防されていました。

研究方法の特性上強力なエビデンスにはなりませんが、CPAPやマウスピースの効果がイメージしやすい研究です。

↑RCTと言って、患者さんの意思にかかわらず治療法を抽選するほうが科学的根拠は強くなります。今回は観察研究といって経過を追った報告になりRCTよりは根拠が弱まります。)

Anandam A, Patil M, Akinnusi M, Jaoude P, El-Solh AA. Cardiovascular mortality in obstructive sleep apnoea treated with continuous positive airway pressure or oral appliance: an observational study. Respirology. 2013 Nov;18(8):1184-90. doi: 10.1111/resp.12140. PMID: 23731062.

↓実は、重症のOSAは8年放置すると3人に1人が亡くなってしまう怖い病気なんです。

マウスピースが適応になる人

高血圧や突然死予防にも効果があるマウスピース治療。
対象者はどんな人以下になります。

  • 簡易検査でRDI 5~40
  • 精密検査でAHI 5~19
  • CPAP適応だが継続困難で代替治療を希望する場合

検査(簡易/精密)と指数(AHI/RDI)の違いについては↓を参照

また、CPAPは総量1-2Kg程度で持ち運ぶことも可能ですが”いつも”は大変です。そういった出張や旅行時の利用目的にCPAP着用中の症例も対象です。

マウスピースは保険診療での処方がありますが、種類によって一部自費診療となります。毎晩使用するので患者さんに合ったかみ合わせのものを用意するほうがいいでしょう。

さいごに:全員にマウスピースが効くとは限らない

上記の通りマウスピースの効果について海外の報告は多数(QOL、血圧、心血管突然死など)あります。欧米人のOSAは肥満症例が多いです。一方で我々アジア人は彼らに比べ顎が小さく、太っていなくても無呼吸になることが特徴的です。欧米人の無呼吸の多くが肥満による「のどの狭窄(舌根沈下)」であることに対し、日本人は「はなが狭窄」することによっても息が止まる可能性も考慮しないといけません

↓「はな・のど」のいびきに対する原因や治療(マウスピース以外)についてはこちら

いびきや無呼吸の原因で注意したいのは「はな・のど」の2種類のいびきがあるという点です。
・「のど」のいびきの原因は「舌」が「のど奥」とぶつかって震えることで起こります。この場合はマウスピースは良く効きます。
・「はな」のいびきの場合は困っている場合は鼻での呼吸が苦しくて口呼吸になりやすいです。口がカラカラになるほど口呼吸をしているタイミングでマウスピースをつけるのは相当苦しく寝付けなかったり、途中で起きてしまう原因にもなります。

わたしにはマウスピースが効くの?

こればかりは実際に口腔内の観察をしてからの判断になりますので、マウスピースがあなたのいびきや無呼吸を改善してくれるのか医師・歯科医師に相談してみましょう。